ニュージーランド学会からのご挨拶
                        

会長:太谷亜由美

Kia Ora!ニュージーランド学会のホームページにようこそ!

「コロナ禍を越えてー再び動き出す世界ー」

 2020年から引き続く新型コロナウィルス・パンデミックにより、世界中が往来をとめてできる限り感染を広げないようにと人々の交流も国内のみに限定されました。2023年、まだ収束には至っていませんがようやく私たちは交流を国外に広げることが可能となってきました。少しずつ、以前のようにニュージーランドとの行き来も可能となり、私たちの学会でもまたニュージーランドの現地で研究会を開催することができるでしょう。本当に楽しみです。治安も世界的に見て良い国ですから、若い方が留学するにはとても優れていると考えています。私は日本の若い人々に留学先としてニュージーランドを選んで頂きたいと思い、任期期間にできることは少ないですが取り組んでいきたいと考えております。

 現代の世界では経験したことのない感染症危機に、ニュージーランドでは若き女性のリーダーであるジャシンダ・アーダーン首相が人々との対話を重視しコロナウィルスに立ち向かいました。エビデントをベースとした政策、そして情報公開につとめ、この国の人々に理解を求める、いわば双方向の取り組みは世界でも高い称賛を得ました。残念ながら彼女は2023年1月に去就しましたが、その取り組みは決して忘れられるものではないでしょう。ニュージーランドの緊急状態にリーダーシップを発揮し、力を尽くした彼女にも休息の時間が必要だと感じられました。遠く北半球の日本から私はニュージーランドのの取り組みを見て、政治への信頼とはこのようなことだと深く感じ入りました。また本当にニュージーランドらしいとも思いました。

 私はニュージーランドの社会保障制度を調査してきました。その昔、現代イギリスの社会保障制度の原型を作ったLord Beveridgeがその著書で「ニュージーランドの社会保障制度は素晴らしい」と何度も称賛するのを見て、Beveridgeがそういうのだから、ニュージーランドの社会保障は素晴らしいに違いないと調べだしたのが始まりでした。まだ私は大学院生で日本の公的年金制度の格差について大きな疑問を抱えていた頃でした。ニュージーランドでは保険料を支払わなくても税金から公的年金が支払われるということを知り、そして全く格差が存在していないことに大きな驚きと感嘆を感じたものです。政府が何とかしてくれるだろうというニュージーランドの人々の考え方はこうしたことも反映しているでしょう。
 しかしながら、そのようなニュージーランドも1980年代の世界的な新自由主義の流れの中で、特に1990年代を通して厳しい行財政改革が行われました。一般の人々の暮らしは大きな影響を受け、特に社会的弱者である人々にとって、まさに生きることが厳しい時代でありました。マオリの人々の平均余命が短くなり、OECDからは子どもへの国の支出が少なすぎると批判を受けた年代でもあります。行き過ぎた市場至上主義政策はこの国の人々を大きく痛めつけました。このような時代を経て、ニュージーランドの人々は社会の安定を選び、ヘレン・クラーク首相は、人々の要請に応じ、そこに暮らす人々へ安心を供給する国へと再び回帰したのです。20時間の就学前教育が実現したのも彼女の政権時のことです。
 以前のような福祉大国としてのニュージーランドではなくなったでしょうが、まだまだニュージーランドに学ぶことは沢山あります。そして、まだまだ調査したいことは沢山あります。より多くの人がニュージーランドに興味を持ってくださることが私の希望の一つです。


ニュージーランド学会は、ニュージーランドの総合的な地域研究のために、1992年12月5日に関西で設立されました。本学会はニュージーランドに関心を持つ研究者・教育者・外交官等の文理を問わずあらゆる学問分野からの多面的な研究によって、総合的にニュージーランドの全体像を明らかにしていくことを目指す「日本学術会議協力学術研究団体」です。会員は九州鹿児島から北海道旭川まで広範囲に及んでいます。

ニュージーランド学会の活動内容は、
@ 年に4回ほど公開の例会(研究発表会)を開催しています。会報「ニューズレター」も発行しています。会報では前回例会の内容報告と次回の例会内容の予告が記載されています。例会の開催場所は京都、大阪を中心になりますが、年に1回程度は関西以外での開催を心がけています。
ニュージーランド学会の活動の特徴は、3年に一度、ニュージーランドの大学教員の会員と協力して、ニュージーランドで海外国際例会研究大会を開催しています。これまで、ビクトリア大学で2回、オタゴ大学、ワイカト大学、マッセイ大学、オークランド専門学校で各1回開催してきました。この研究大会では、毎回、大変ユニークな学会ならではの研修旅行を実施しています。通常のツアーでは行くことのない、地理的、歴史的あるいは文化的に重要な地域を訪ね、専門の研究者による蘊蓄ある解説と楽しい案内も用意され、大変好評を得ています。 アカデミックな研究発表はもちろん、ニュージーランドとの友好交流団体と共同で、ニュージーランドにかかわりのある市民の方々のユニークな体験や報告の発表の場として、特別例会も開催しています。

A また、ニュージーランド学会は、学会誌『ニュージーランド研究(ISSN1881-5197)』を年1回編集、3月に出版発行しています。すでに通巻で22巻に及び、ニュージーランド研究に従事されている研究者にとっては貴重な研究発表の場を提供しています。また、これからニュージーランドの研究に着手されようとしている大学生や大学院生にとっては、研究成果を俯瞰するのにはニュージーランド学にむけた格好の文献と自負しています。所属の研究機関で閲覧あるいは入手できない場合は、当学会にお問い合わせください。なお国会図書館にも収蔵されています。 その他、ニュージーランド学会編著の『ニュージーランド事典』(春風社)、青柳真智子編著、『ニュージーランドを知る63章』(明石書店)などを刊行し、2016年には第3版が出ています。そして2019年の3月には日本で開催されたラグビーワールドカップの前に『ニュージーランドTODAY』を発行いたしました。


<前会長近藤岐阜大学名誉教授のお話>
さてニュージーランドは、オーストラリア大陸から東に2000q離れた南太平洋上にあり、日本と同じ島国で、火山、地震国です。緯度も日本の東京から北海道に相当する位置にあって、概ね海洋性気候で温暖です。南半球ですので季節は日本とは反対で、農作物も補完性がありますが、島の形も面積も日本から九州を除けばほぼ同じです。

ニュージーランドは、ゴンドワナ大陸の時代にオーストラリアから分離してできたのですが、オーストラリアにいるカンガルーもいないし、タスマニアデビルも、カモノハシも四足動物は一切いません。オーストラリアにいる毒蜘蛛も毒蛇もいなかったので、ニュージーランドでは草原に大の字になって寝そべっても平気です。このため、鳥の天国となり、さらに飛ぶ必要がなくなったキウィ、タカへ、カカポなど飛べない鳥が多く生息しています。800万年ほど前に一度、ニュージーランド全島が海底に沈没し、後に再浮上したというのが原因だったようです。

しかし、何億年も前から地球上に現存する唯一の恐竜といわれるトカゲに似た三つ目の「トゥアタラ」はどうやって生き残りえたのかまだ謎です。このようにニュージーランドは謎に満ちた不思議な世界で、ますます人を引き付ける魅力的な国なのです。

ニュージーランドの人口は460万人ほどで、日本の30分の一、牧羊を中心として経済的には世界一の生産性を誇る牧畜酪農国家です。イギリスを中心としたヨーロッパ人が大半で、先住民のマオリは約15%くらいです。

1840年に先住民マオリを大英帝国の臣民とするワイタンギ条約によって建国され、イギリスの植民地となりました。明治維新のころにはマオリ戦争もありましたが、今日では多文化主義を取り、英語とマオリ語の両方を公用語とし、放送局も二言語を使用しています。

今日の国家形態は、立憲君主制で、イギリスと同じ女王、エリザベス二世を共有しています。クック諸島、ニウエ、属領トケラウ、属領ロス(南極圏にある)などとの連合王国です。1947年にはイギリスから完全に独立し、従来唯一のイギリスとの紐帯であった英国貴族院枢密院司法委員会を最高裁判所として英連邦諸国と同様に共有する制度も廃止されました。2003年には独自の最高裁が設置されました。最近でも国旗を変更するかどうかの国民投票も行われるなど(投票結果は変更しないことになりましたが)、君主制を廃止し共和主義化を進める動きが強まっています。

1987年の第四次労働党ロンギ政権の非核法の制定には大変興味を持ちました。ニュージーランドは原爆のおかげで日本に勝ったと言われる戦勝国なのに、なぜ原爆を禁止する法律を世界に先駆けて制定し、そのためにANZUS軍事同盟を事実上崩壊させ、アメリカと5年間も絶交状態になることすら厭わなかったのか、その謎を解きたくてニュージーランド研究に入りました。

研究の結果わかったことは、ニュージーランド人の強固な反核思想を形成したものは、ニュージーランドの裏庭に当たる南太平洋上での米英仏の核実験に対する怒りであったということです。この結果、政権が変わろうとも核兵器も原子力発電所もない世界一平和で安全な国となっているのです。

ニュージーランドは、戦前から世界の理想郷と呼ばれ、世界で初めて、1870年には義務教育の無償化を実施し、1893年には女性選挙権を実現し、1897年には老齢年金を直税方式で実現し、福祉国家として先進国になり、イギリスの『ゆりかごから墓場まで』で有名になったベバリッジ報告による戦後福祉国家政策のモデルとなりました。

1996年には日本で、「ニュージーランドが公務員の数を半減させた」、「郵便局を分割民営化した」と行政改革のモデルとしてもてはやされましたが、日本の民営化とは大きく違っています。1996年ニュージーランドは行革により実際にGDPの2倍もあった赤字財政を黒字に転換し、その利益を福祉教育に投入し、福祉国家解体の危機を回避し、福祉国家再建に向けて貢献させました。

ニュージーランドでは、原爆のみならず原発も許さない非核法と民主的手続きによって環境破壊を未然に防止する世界一の環境法、「資源管理法」が1991年に制定されています。日本の憲法9条の平和主義と環境福祉国家の理想に一番近い国があるとすればそれはニュージーランドであるというべきかもしれません。今後とも皆さんと共に一層研究を発展させていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。